2014年5月5日月曜日
のぞいてびっくり江戸絵画(サントリー美術館)
江戸時代の後半、蘭学などの海外からの科学知識が、当時描かれた絵画にどのような影響を与えたかを振り返る、興味深いサントリー美術館での展覧会。
会場の入口に、いわゆる秋田蘭画の小田野直武による、不忍池図が来場者を迎える。
前景に、鉢に植えられた紅白の花が描かれ、背景に、不忍池が描かれている。遠近法を使って描かれているが、どこかしら、日本画らしさを残している。
この絵が描かれたのは、1770年。江戸時代の中期で、この時代に江戸ではなく、秋田という地でこうした絵が描かれていた、ということに、素直な驚きを感じる。
遠近法を使って描かれた浮世絵。二人の女性の表情から、間違いなく鈴木春信の浮世絵かと思ったが、司馬江漢の作品だと言う。
司馬江漢は、鈴木春信の元で絵を学んでおり、鈴木春信の死の直後、しばらく春信の名前で作品を作っていたという。
歌川広重の東海道五十三次、北斎の富嶽三十六景には、よくよく見ると、遠近法が要所要所で使われている。西洋画の技法は、江戸の中期以降は、画家達にとっては、かなり定着した手法だったことがよくわかる。
平賀源内が作ったと考えられる除き眼鏡。下に置かれた風景画を、除き眼鏡で見ることで、より立体的に見えるように工夫されている。
海外からもたらされた反射望遠鏡や顕微鏡を、日本人は19世紀の初頭には、すでに自分たちで製作できるようになっていた。改めて、この国の技術力の高さに驚く。
司馬江漢は、書物において、そうした反射望遠鏡を使って、月を観察し、西洋人が描いた月の表面図と全く同じであることを自分の目で確認し、西洋の技術の進歩に対して、素直に敬意を表している。
西洋の博物画に影響されて、当時の日本では、日本の動植物を描いた、多くの博物画が描かれた。手先の器用な日本人は、ここでも素晴らしい作品を数多く残している。
江戸時代は、鎖国していて、海外からの情報は入ってこなかった、と考えられているが、この展覧会を見ると、当時のヨーロッパの最先端の科学知識が、日本にもたらされていたことがわかる。
科学が社会に定着するには、単に知識そのもの有無ではなく、それを普及させる社会制度が重要である、ということなのかもしれない。
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