2014年5月4日日曜日

ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場(国立西洋美術館)


ジャック・カロという版画家のことは、全く知らなかった。

1592年、ロレーヌ地方に生まれ、イタリアで版画を学び、トスカーナ大公のコジモ2世の宮廷版画家として活躍し、その後帰国して、フランスで活躍し、1635年にその短い生涯を閉じた。

カロが生きた時代は、ロレーヌ地方が、ルイ王朝のフランスに飲み込まれていく時代だった。カロは、戦争の悲惨さを、直接目にしていたに違いない。

戦争の悲惨という連作では、軍隊による農家の略奪、修道院の破壊、処刑される人々など、目を背けたくなる実態が、実にリアリスティックな手法で描かれている。

多くの人々が、まとめて、木に首をつるされ、殺されている作品は、とりわけ印象的だ。

ゴヤの戦争をテーマにした版画より、およそ200年も前に、これほどの版画が作られていたことは驚きだった。

カロは、ジプシーについての連作も残している。集団でヨーロッパ中を放浪したジプシーの一団の、郊外で一休みする様子、宴会の様子などが、克明に描かれている。

ブレダの攻略という作品は、多くのパーツが組み合わされて、2メートル四方ほどの大きさになっている。下の方には、前景に、一人一人の戦士の姿が描かれ、上方にいくにつれて、遠景になり、人間は豆粒のように描かれている。

軍隊の陣形も正確に描かれ、当時の戦術についての、歴史的な資料としても使えそうだ。

意外なところでは、長崎での殉教者を描いた、日本二十三聖人の殉教、という作品。この殉教の事件は、当時のヨーロッパでは良く知られていた事件だった。

しかし、日本人は、トルコ人風に描かれている。日本人がどんな表情をしているか、どんな衣装を着ているかまでは、さすがにカロは知らなかったらしい。

最も印象に残ったのは、聖アントニウスの誘惑。その幻想的な世界を、数多くの画家達が描いてきたが、カロの作品は、そうした中でも屈指の名作と言えるだろう。

聖アントニウスは、右下に小さく描かれているだけで、画面のほとんどには、おどろおどろしい怪物達が描かれている。ボスの絵に登場するような怪物もあり、先人へのオマージュも感じられる。

版画の魅力を、十二分に味わうことが出来た展覧会だった。

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