三井家は、江戸時代は、能との関わりは、能楽者を招き、その人物から能を習う程度だった。
明治維新を迎え、大財閥となり、後継者を失った能の名門、金剛宗家から、能面や能装束の一式を買い取り、その膨大なコレクションに加えた。
特に能面は、多くが、重要文化財に指定されている名品ばかり。
およそ60面あるというそうした能面のうち、およそ30点ほどが、会場に展示されていた。
とりわけ印象に残ったのは、室町時代の名工、孫次郎の手になると伝わる、孫次郎(オモカゲ)、という若い女性の能面。
言い伝えによれば、若くして亡くなった、孫次郎の妻の姿を移した、と言われている。
まるで、今、自分の目の前で、その女性が何かを語り始めるかのうような、そんな錯覚に陥ってしまう。
しばらく、この能面の前から、立ち去ることができなかった。
よくよく見ると、左目の方が、微妙に上の方にあり、まぶたも上向きで、そのことが、実際の人物の姿を形にした、というエピソードの信憑性を語っているような気がする。
この文章を書いている時、その能面の写真を目にしているが、写真では、そのリアルさは、全く伝わってこない。
他にも、能では書かせない、翁、三番叟、中将、般若などの貴重な能面があり、いずれも見応えがある。
秀吉がとりわけ愛して、自ら、花、と名付けたという小面の面もあった。
他に印象に残ったのは、桃山時代に作られた、景清の面。
景清は、能の代表的な演目で、源平合戦の後、盲目となり日向に流された、景清の悲しい物語だが、その能には、悲壮感が漂う景清の表情が、見事に表現されている。
この能面を被っただけで、能楽者には何の演技も必要ないのでは、と思われるほど、この能面は、この物語のすべてを語り尽くしている。
能という仮面劇における、能面というものの存在の大きさを、この展覧会で目にした能面たちから、改めて教えられた。
他にも、明治時代の華麗な能装束、昭和時代の歌舞伎の名役者の衣装なども展示され、能を中心とした、日本の伝統芸能の魅力を満喫できた。
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