東京、上野の東京都美術館で開催された、日本美術院再興100年を記念する特別展。
日本美術院を創設した岡倉天心が亡くなって1年後の1914年に、横山大観や下村観山らが再興した院展が、今年で100周年を迎えることから企画された、大々的な展覧会。
狩野芳崖の悲母観音。横山大観の屈原。安田靫彦の飛鳥の春の額田王など、美術の教科書に載っている名画が展示され、明治以降、日本画家達が、どんなものを描いて来たかを、概観することができた。
会場には、そうした過去の名品だけでなく、最近の院展で入選した作品も数多く展示されていた。不思議と、ほとんどの確率で、どれが最近の絵かを判別することが出来る。
やはり、絵には、その時代の雰囲気のようなものが、自然と表れるのかもしれない。
洋画の萬鉄五郎の静物画があって、おやっ?と思ったが、萬は、院展にも出展したことがあったらしい。
前田青邨の知盛幻生。平家の武将で不運な死を遂げた、平知盛が蘇り、源義経を襲うという、謡曲『船弁慶』の幻想的な世界を見事に表現している。
画面の左下半分は、白を中心とした煙や靄のようなものが広がり、右上半分は、青い海が描かれ、知盛とその部下達が、靄の中からこつ然と姿を現した、その瞬間が描かれている。
速水御舟の京の舞妓。縁側に腰掛けた、決して美しくはない、お化けのような舞妓を描いている。畳の線の一本一本まで描くという、それまでの日本画にはない筆の細かさは、横山大観をして、この画家を破門しろ、とまで言わせしめた、という。
その絵が描かれた1920年には、岡倉天心、横山大観と受け継いで来た日本画の世界には、明らかに新しいタイプの才能が生まれていた。
そして、前期と後期、2回に分けて訪れた中で、一番印象に深く残った作品は、その御舟でも、大観でも、観山でも、平山郁夫でもなく、岩橋英遠という画家が、昭和50年代に描いた、道産子追憶之巻という作品だった。
広い部屋の3方の壁に展示された、全長29メートルの長い長い絵巻。始まりの右端には、熊が冬眠している。そこから、一日の流れと、一年の流れを重ね合わせて、岩橋の故郷、北海道の大自然の雄大な世界が、細かい丹念な筆さばきで、展開される。
厳しい冬の大地では、人間も、動物も、木々も、野や山々も、すべてが一体となって、お互いを必要とし合いながら、いっしょにその生を営んでいる。
その長い絵巻を、ゆっくりと眺めているうちに、何とも言えない感動が、心の中に芽生えてくる。
また最初に戻ったり、少し離れて遠くから眺めたりとしているうちに、やがて、その感動が押さえきれないほどになって来る。
これほど心を動かされる作品に巡り会ったのは、本当に久しぶりだった。
その時代に生き、その時代に正面から向き合った画家達が描いたものは、今後も、私たちの心を、揺さぶり続けるだろう。
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