2014年4月19日土曜日

探幽3兄弟展 狩野探幽・尚信・安信(板橋区立美術館)


東京、板橋区の赤塚にある、板橋区立美術館。東武東上線の下赤塚か成増、あるいは都営地下鉄の高島平駅から、いずれも歩くと20〜30分はかかる。

近くに、中世の赤塚城の遺構が残る、都内でも、行きにくさでは屈指の美術館。自然と、足を運ぶのが億劫になってしまう。

しかし、具合の悪いことに、ここでは、時々、興味深い展覧会が行われる。その度に、行きそびれ、後悔することになる。

今回は、狩野派、探幽とその弟、尚信・安信の3人の作品が揃うとあっては、さすがに、この機会を逃す訳には行かなかった。

狩野探幽は、狩野永徳の孫にあたり、江戸に下って徳川幕府の御用絵師となったが、その二人の弟、尚信・安信も探幽とともに御用絵師として活躍し、この3人から、江戸の狩野四家が生まれ、江戸時代を通じて画壇の中心を担っていった。

狩野尚信は、探幽の5歳年下の弟。探幽に続き、竹川町に幕府より屋敷を拝領し、御用絵師として活躍したが、わずか43歳という若さで亡くなってしまった。

狩野安信は、探幽より11歳年下。安信もまた、幕府より中橋に屋敷を拝領し、御用絵師となった。

この展覧会に展示された作品だけで言えば、私が最も気に入ったのは、安信の作品だった。

探幽の作品は、一言で言えばシャープ。まるで、戦国時代の時代の雰囲気を、そのまままだ引きずっているような印象だ。

絵の様式も多彩だ。山水の水墨画、源氏物語絵巻のような大和絵、動物を丹念に描いた南画、そして、仏や高僧を描いた仏画。いずれにおいても、素晴らしい出来映えで、権力者のどんな注文にも応える、力量の幅広さを見せつける。

尚信の作品は、探幽と年も近く、明らかに兄の絵を参考にしたような作品が多かったせいか、探幽とかなり似ている、という印象が強かった。

若くして亡くなってしまったことも、独自の世界への発展を妨げてしまった要因かもしれない。

そんな中でも、2つの六曲二双の竜虎図は、ダイナミックな筆さばきを見せており、尚信独自の世界が描かれている。

安信の作品には、明らかに探幽との差が見て取れる。探幽のシャープさに比べると、ゆったりとした、伸びやかな印象で、見る者に安心感を与える。

薄いピンク色でその花びらが描かれている牡丹図。屏風画が並んでる展示室の中では、小品に見えてしまうが、その繊細な筆先と、微妙に花びらの陰影が、美しい。

この展覧会は、前期、後期に分けて行われ、結局、普段はあまり行く機会のなかった板橋区立美術館に、2ヶ月続けて訪れることになった。

勿論、そのかいは十二分にあった。

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