2014年2月23日日曜日
葛飾応為 吉原格子之先図 光と影の美(太田記念美術館)
葛飾応為の名前を知る人はそれほどいないだろう。
無論、わたしも、その名前を知らなかった。
その名前から、葛飾北斎とゆかりのあった人物であることは、容易に想像がつく。
葛飾応為は、北斎の三女にして、江戸時代では珍しい、女性絵師だった。
東京、原宿の太田記念美術館で開催された展覧会では、その葛飾応為の作品を目にすることが出来た。
この展覧会で展示されたのは、吉原格子之先図という肉筆画1点と、高井蘭山の『女重宝記』という和本の挿絵の版画のみ。
えっ?それだけ?と思ったが、葛飾応為の肉筆画は、世界中にわずか10点程度しか確認されていない。版画の和本も、2点しかない。
そのうちの、2点を一度に目にすることが出来るとは、考えてみれば、贅沢な機会だ。
吉原格子之先図は、遊郭の店内の華やかな様子を、外の暗い格子の間から、多くの人がのぞいている、という趣向を凝らした作品。
店内の遊女の美しい着物は、色鮮やかな色彩で描かれ、外からのぞいている人々は、黒い影のシルエットで描かれている。そのコントラストが美しい。
光源を意識して描かれているこの作品には、明らかに、西洋絵画の影響が見て取れる。その技術を会得しているこの葛飾応為という画家の腕の確かさが伺える。
会場には、父の北斎をはじめ、豊国、国芳、栄泉などの浮世絵師による、夜を表現した浮世絵も展示されていた。
日本の伝統的な夜の表現は、応為のその作品とは大きく異なっている。光源はあまり意識せず、概して、近くのものを明るく、遠くのものを暗く描く、という表現方法で、応為の生きた幕末の時代に、西洋の影響が徐々に広まっていったことがよくわかる。
そういえば、かつて、新藤兼人監督の作品で、北斎漫画、という映画があった。緒形拳が北斎を演じ、田中裕子が演じていたのが、実は応為だった。
その映画の中でも描かれていたが、応為は、北斎の性格をそのまま受け継いだような女性だったようだ。
特に女性を描くのが得意で、晩年の北斎の作品、特に肉筆画の女性の多くは、応為が描いたものだという。
高井蘭山の『女重宝記』は、女性が守るべきたしなみを記したもので、応為は、数多くの挿絵を描いている。
さまざまなシチュエーションを、応為は見事に描いている。女性の表情は、歌麿のようなデフォルメされたものではなく、実に自然に、その表情を描いている。
応為のはっきりとした生没年はわかっていない。1800年頃(寛政年間)に生まれ、幕末の慶応年間に没したと考えられている。その生涯も不明な部分が多い。
しかし、わずかながら残されたそれらの作品は、この葛飾応為という、確かな腕を備えた女性絵師が、かつて存在し、活躍していたことを、今日の私たちに伝えてくれる。
葛飾応為というその名前は、この展覧会によって、私の心に深く刻まれることになった。
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